「水」から考えるワインとサステナビリティ
今年は観測史上最速の梅雨明けとなり、早い時期から厳しい暑さになりました。いくつかの地域では既に深刻な水不足の危機に晒されているというニュースもありました。日本は世界に比べると水が豊かな国ということもあり、普段から水不足を実感することは少ないかと思います。しかし、世界では水資源を求めて紛争が起きてしまうほどとても貴重な資源です。それはもちろん、ワインにとっても。
今回は、ワイン業界が水資源を守るという観点でどのような取り組みをしているのかをのぞいてみたいと思います。
目次
・そもそも「ワインに必要な水」とは
・ワインを作るために必要な水の量ってどのくらい?
・水の使用量を減らすための取り組み「3R」
・ワイン業界のSDGsに着目
そもそも「ワインに必要な水」とは
ワインに関わる水資源と聞くと、ブドウ栽培に必要な「灌漑(かんがい)」をイメージされる方が多いかと思います。
灌漑とは、作物を育てるために人工的に農地へ水を供給する技術や方法の事を言います。自然の降雨だけでは不十分な地域や季節に適切な水を作物に与えることで、農業生産を安定させる重要な手段です。
多くのワイン用ブドウは乾燥地帯で育てられることから、灌漑を導入しているワイナリーは多数あり、灌漑の技術革新も進んでいます。ブドウの木の根元に穴が空いたパイプを這わせて、適量の水をコントロールしながらポタッポタッと灌漑する「ドリップ・イリゲーション」もその一つです。
一方、ブドウを収穫した後にワイナリーで必要になる水のことも考慮しなければなりません。水はワイン醸造の色々な過程で使われています。その中でも一番多く使われるのが衛生管理のための洗浄とサニテーション(消毒、滅菌、殺菌)です。「近代的なワイン醸造の基本は洗浄とサニテーション」と言われるほど、空間と設備の徹底的な衛生管理は品質管理の観点で必要不可欠です。つまり、「ブドウを育てるために必要な水」と、「衛生管理のために必要な水」2つに大別できます。このうち後者で使う水の量はある程度コントロールできる分野です。
ワインを作るために必要な水の量ってどのくらい?
では、実際ワインができるまで、水はどれくらい使われているのでしょうか?これには諸説あり、ジャンシス・ロビンソン編の書籍「The Oxford Companion To Wine」では、おおよその数字として、最終的なワインの質量の1.5倍の水が必要と述べています。とはいえ、徹底的な衛生管理を施す近代的なワイナリーとトラディショナルなワイナリーでは衛生管理の度合いにも幅があると述べていますので、1.5倍という数字は前後に大きく幅がありそうです。
例えばNPR(アメリカ公共ラジオ放送)の2015年の記事では、UC Davis(カリフォルニア大学デイヴィス校)ブドウ栽培・ワイン醸造学科が試算したものとして、カリフォルニアにあるワイナリーでは、おおよそ1ガロン(1ガロン=約3.8リットル)のワインを製造するために2.5~6ガロンの水を使用していると報道しています。つまり、ワイン1本(750ml)あたり、最大で4.5リットルの水が必要ということになります。この数字は収穫後に必要な水の量だけで、ブドウ栽培に必要な水は含まれていません。ワイン醸造法や設備、ワイナリーの規模等によって幅があるものと理解した上で、大体これくらいの水が使われている、とイメージして下さい。
水の使用量を減らすための取り組み「3R」
では、この必要不可欠な洗浄とサニテーションの過程で、水の使用量をどのようにして減らしているのでしょうか?
昨今、SDGsやサステナビリティに関する報道が増えており、3R(スリーアール)という言葉を耳にされる方も多いかと思います。
ワイン業界も、Reduce(減らす)、Reuse(繰り返し使う)、Recycle(再利用する)の観点で取り組みを進めています。
3R:Reduceの取り組み
使う水の量を減らすための最初の一歩として、メーターをつけて水の量を測ることからスタートするところが多いようです。New Zealand Winegrowersというニュージーランドワインの生産者団体によると、ニュージーランドの98%のワイナリーで水の使用量が記録されているとのことです。
ワイナリーでは、選果テーブル、除梗・破砕機、プレス機、タンク、樽、ポンプといった汚れを洗い落としたり、洗剤を使って洗浄されたものをリンスしたりするのに大量の水が使われています。これらは衛生管理を徹底するために必要な量ですが、可能な限り使用量を抑えるという取り組みも見受けられます。
例えば、自動停止機能が付いた高圧ノズルの使用。高圧で勢いのある水がホースから流れるので、汚れを落としやすく、水の使用量を抑えることができます。他にも、最近のタンクにはCIP(Cleaning in Place)という自動洗浄機能が付いたものもあり、タイマーを上手く使って使う水の量を減らすところもあります。
また、一見地味ですが、ワイナリーの床を水を使って掃除する際に、箒やハタキで掃き掃除をしてから行ったり、タンク等の機材も一旦スクイージーのようなもので拭き取ってから洗浄するということも大事です。
3R:Reuseの取り組み
水を何度も使い回すためには、「汚れが少ない水」と「汚れが強い水」を一緒にしないことが大事になってきます。除梗・破砕やプレス、発酵の過程で発生する排水には、ポマース(ワインの絞りカス)やオリ等が大量に含まれている一方、タンク洗浄の最後のすすぎに使われた水にはそこまでの汚れはありません。また、ワイナリーで必要な水質も様々で、そこまで純度の高い水を必要としないケースも多々あります。
例えば、ボトル洗浄した後の水であれば、もう一度ボトル洗浄用の水として使ったり、タンク洗浄の最初の水洗いに使うことが可能です。他にもセラー内の掃除に使った水を床掃除に再利用したり、オーク樽に穴が開いていないかをチェックする時に使う水をまた同じ作業で再利用したりすることもできます。
また、雨水の有効活用もReuseの取り組みにおいて非常に重要です。雨水は他の排水と別管理することで再利用が進む水源の一つです。ワイナリーの屋根からパイプを通してタンクに雨水を集めて再利用することが多いようですが、再利用する時に必要な水質に合わせて処理を行います。そもそも雨水は汚染物が少ないこともあり、水処理に必要なコストを抑えられるので、簡易的なフィルターのみを使って再利用することもありますし、後述する水処理設備を通して更に純度を上げて使うこともできます。
3R:Recycleの取り組み
最後にRecycle(リサイクル)です。大規模なワイナリーの場合、排水の量も多くなるので、敷地内に水処理施設を持つケースが近年では増えているようです。前述した通り、ワイナリーのオペレーションによって必要な水質は変わるので、水処理のレベルもいくつか段階を踏んで行われます。この辺りは一般的な下水処理とステップが似ているところもあります。
まず、貯水タンクや池に排水を溜めて時間をかけて物質を沈殿させていきます。その際に、微生物による分解を行いやすくするためにpHの調整を行うこともあります。次のステップが微生物による分解です。酸素を必要とする微生物による好気性の分解か、酸素を必要にしない微生物による嫌気性の分解か、もしくはその両方を行うことになります。最後に、フィルターやRO(Reverse Osmosis:逆浸透膜)を通して小さな汚れを取り除きます。この際、必要に応じて殺菌処理を行う場合もあります。
このような処理を行った水は、最後にリサイクルされ、多くは灌漑で使われます。もちろんブドウ畑の灌漑に使うこともあれば、近隣のゴルフコースや公園、他の作物の畑、家畜用、木材やセメント工場等の工業用水としても使われているようです。このようにして水を循環させて環境負荷を抑えている取り組みがあります。
ワイン業界のSDGsに着目
ブドウを育てる時だけでなく、ワイン醸造の過程でも大量の水が使われていること、それに対してワイン業界もさまざまな対策を打っていることが見えてきたかと思います。近年の異常気象で干ばつが問題となっているカリフォルニアやオーストラリア等の地域では特に火急の課題です。今後何十年、何百年とワイン業界が存続していくためには、限りある資源を上手に使うことが必要不可欠です。ワイナリーのホームページを見ると、環境に配慮したサステナビリティな取り組みを紹介している先がたくさんあります。みなさんのワインセラーに眠っているワインのサイトをみてみると、それぞれの取組の様子が見えて面白いかもしれませんね。