除梗・破砕したブドウの果汁・果皮・種子の混合物である果醪を発酵槽に入れ、培養酵母を加えるか、天然酵母による発酵が始まるのを待ちます。
主発酵に採用される培養酵母と天然酵母とはどんなものでしょう?
白赤では発酵温度は違うのか?どこからワインと呼ばれる?
ただ単に発酵といっても果醪から添加する酵母は様々です。造り手によってどんな方法を取り入れているのか、また補糖とはどんなものなのかも解説してまいります。
目次
・主発酵と酵母の関係
・酵母はどんなもの?
・主発酵によってワインのスタイルが決まる
・補糖を行う必要性
・まとめ
主発酵と酵母の関係
ワインを含むお酒における主発酵には原則「酵母」という微生物が必要です。簡単に言ってしまえば、発酵とは酵母がその果実または穀物内にある糖分を代謝してアルコールと二酸化炭素に分解する処理のことです。
つまり糖度がわかればおおむねアルコール度数も予測できます。但し毎年のブドウの糖度が安定しているという事は絶対ではありませんし、メーカーの思うようにならないこともあります。
まず第一に、酵母の種類によっては自らが生み出すアルコールに耐えられなくななり、活動を停止するものがあります。
第二に、酵母は生き物ですので、一般的には5度以下になると大抵アルコール発酵が止まります。発酵の際に熱を発生させますが、それが高温になるとやはり自ら生み出した熱が原因となって発酵は止まります。もちろん他にも多くの要因があります。
現代のようにワイナリーがシステマティックに管理されていなかった時代では、寒い冬には発酵が途中で止まってしまうこともよくありました。今では考えられないかもしれませんが、例えば、イタリアのバローロは赤の甘口微発砲ワインだったのです。ピエモンテの冬はとても寒く、どうしても最後まで発酵が進まなかったからです。
温度が適切に管理されて、酵母の活動が活発になっても、必ずしもワインにしてくれるわけではありません。酵母は好気呼吸(酸素のある状態)と嫌気呼吸(酸素のない状態)の両方が行える生物で、前者の場合だとアルコールではなく水を自らの代謝で生成するからです。そのため酸素濃度の高い状態だと発酵は進んでも、ノンアルコールワインしかできません。
但し、酵母が活発化して増殖すると自然と酸素濃度が薄まり、大抵の場合は嫌気呼吸に切り替わるので、醸造家が意図的に大量の酸素を供給しない限りは深刻な問題ではないとされています。
酵母はどんなもの?
ワイン発酵で活動する酵母はもともと、自然界のいろんなところに存在し、ブドウにおいては主に表皮に付着しています。ワインを造る工程において、収穫したブドウを洗浄するという作業がないのはこの為です。水洗いするとワインの風味が薄まってしまうことも要因です。
酵母にはいくつかの種類があり、大抵のワインには培養酵母と天然酵母と大きく二つに分類しています。ワイン用培養酵母ではサッカロミセス・セレビシエという菌種がもっとも有名です。培養酵母と言っても、人工的に生み出されたわけではなく、自然界にもいるので、培養酵母もまた天然酵母の一部と言っても差し支えないでしょう。
生物を化学的な視点から研究する生化学の発展によって、アルコール発酵における酵母の役割が次第に明らかになってきました。
多種多様な酵母はそれぞれ特徴を持っており、それぞれ適正温度や発酵スピード、アルコール耐性、亜硫酸耐性が違います。当然結果としてワインのスタイル、つまりアルコール度数やタンニン、酸味、香味成分にも違いが出てきます。
これらを総合的に考慮した結果、造り手にとって最も都合がいいのがサッカロミセス・セレビシエなのです。その魅力はまずアルコール耐性が高く、理論上最大23%まで生き残ることができます。同じワイン酵母でも4%のアルコール度数で死滅するものもいます。
ほとんどのワインに亜硫酸が添加されていますが、ワインを汚染させる微生物だけでなく、一部のワイン酵母も死滅させてしまいます。サッカロミセス・セレビシエはその耐性が非常に高いのも特徴です。
もちろん亜硫酸添加でも生き残る酵母はいくつかありますが、サッカロマイセス・セレビシエ(糖からアルコールを生じる酵母)には他の酵母の増殖を阻止するキラー性が備わっているので、最終的には淘汰されます。これもまた安定したワインに寄与する要因です。
主発酵によってワインのスタイルが決まる
ワインのスタイルは使用されるブドウ品種とその発酵までの過程でほとんど決まります。清澄化や樽熟成など、発酵後の処理でも確かにワインスタイルに変化を与えますが、変える事が難しいものも沢山あります。色の濃淡やリンゴ酸の含有量、発酵中に生成されたフレーヴァー、アルコール度数(現代の科学技術では変えられるが、法律上、コスト上難しい)などです。
同じ酵母、同じブドウ品種を使用したとしても、一般的に赤ワインは20~32℃、白ワインは10~18℃の発酵温度が理想とされています。ワインの香味成分もまた酵母のアルコール発酵中における代謝から生成されます。さらに、その発酵温度次第でも変わってきます。
赤ワインはブドウの果皮ごと発酵させ、その果皮から色素とタンニンを抽出させる必要があります。より高温な方がより豊富に抽出されますが、酵母の発酵よりどんどん温度が上がっていくと酵母の活動自体が停止してしまい、さらにはワインの香味成分が揮発してしまいます。
そのため現代のワイナリーではステンレスタンクによる安定した温度管理が一般化しています。
一方、白ワインは果皮を醸さないので発酵温度を高くする必要はありません。とはいえあまり涼しくはない室温で放置しておけば自然と発酵温度が上がってきてしまいますので、やはりステンレスタンクの温度管理は重要となりつつあります。白ワインの場合、より低温の方がフルーティーなスタイルになります。
白赤どちらのワインでも発酵温度が高くなると発酵スピードも速くなります。あまりに短すぎるとフレーヴァーが弱くなり、赤ワインの場合はタンニンが弱くなりがちです。かといって長すぎると今度は発酵の初期段階において他の厄介な微生物の活動を許してしまったり、赤ワインだと渋みや苦みが強すぎて飲みにくいワインになってしまいます。
補糖を行う必要性
ワインの最終アルコール度数を上げるために補糖をする場合もあります。ブドウの糖度が低い場合、発酵前に糖を添加して酵母にアルコールをもっと作ってもらおうという方法です。これにはワイン生産地それぞれで厳格な規定があり、南欧や新世界では禁止されている事がほとんどです。
確かにアルコール度数の高い方が飲んだ時のインパクトがありますが、糖度の低いブドウはそもそもタンニンが未熟で、ブドウ品種の持つ香味成分もまだ十分に蓄積されていないので、結果としてアンバランスなワインになりがちです。
アルコールだけが強く薄い印象となってしまいます。
そのため補糖には批判の声も多いのですが、近年の気候変動によりヨーロッパのほとんどの地域で十分糖度が得られるようになってきたこと、また、消費者が必ずしも高いアルコール度数のワインを期待しているわけではないことから、補糖は徐々に行われなくなってきました。
酵母そのものの存在がワインのスタイルに影響を与えることもあります。シャンパーニュや瓶内二次発酵で造られたスパークリングワインは二次発酵が終わると、酵母はその生涯を終え、自己分解をします。そのワインは直ちに澱引きされるわけではなく、表現はよくないですが酵母の死骸を残したまま貯蔵されます。これがシャンパーニュ式スパークリングワインに特徴をもたらし、その香りはイースト香、もっと具体的に言えばパン生地やトーストと表現される香りです。
スペインの酒精強化ワイン、シェリーでも貯蔵中にフロールと呼ばれる産膜酵母がワインの液体面に形成されますが、酵母で形成されています。このフロールが酸化を防ぎ、さらにはフローラルな香りをワインにもたらします。
シャンパーニュンにもシェリーにも独特な風味をもたらす酵母はサッカロミセス・バイアヌスです。一次発酵、つまりアルコール発酵ではあまり活躍しません。しかしサッカロマイセス・セレビシエにはない特長を持っています。
まとめ
ワインとは、「新鮮なブドウから得た果汁を発酵させたもの」が一般的な定義です。つまりブドウ果汁にアルコール添加するのは認められませんし、必然的に酵母によるアルコール発酵が必須となります。
ちなみに、ワイン売場で見かける「ノンアルコールワイン」は一度発酵させてからアルコールを抜いています。そのため絞った「ぶどうジュース」とは違う飲料として扱われます。
ではノンアルコールワインとぶどうジュース、何が違うのかと言えば、香りとフレーヴァーです。ブドウジュースは基本的にはブドウそのものの香りしかしません。しかしノンアルコールワインは発酵で得た香りがあります。アルコール除去の際にワインの香味成分もある程度除去されてしまうので、実際にはワインよりも弱まった味わいとなります。
つまり、酵母は単純にアルコールを生成するだけでなく、魅力的なフレーヴァーをも生み出しているのです。もちろん必ずしも望まれるものばかりではなく、硫黄化合物や酢酸なども造られます。これらのことは最近わかってきたことです。
ワイン酵母は糖に対してだけでなく、他に対しても作用することがわかってきました。酵母の種類によっては、リンゴ酸を微量のアルコールに分解することが明らかとなり、シャープな酸味を抑えることができます。従来の減酸処理では酒石酸でしか下げられなかったので、もしかしたら今後は酸っぱ過ぎるワインがなくなるかもしれません。
樽発酵したワインがあまり樽の香りを持たないのも、酵母によるものです。樽の風味をもつ香味成分を酵母が代謝するからです。そのため、樽発酵は樽の風味をあまりつけずに控えめな酸化を促すことができます。
これら以外にも酵母は思わぬところで発酵中のワインに対して影響をもたらしているのかもしれません。今後さらに酵母と主発酵の研究が進めば、より素晴らしいワインを生産するために醸造家がコントロールできるようになるでしょう。主発酵は製造過程の大事な工程です。造り手のこだわりが現れる主発酵は思っている以上に重要です。